カテゴリー「真面目なこと」の17件の記事

2008年1月13日 (日)

記憶の彼方から

今日は先日のクリスマスダンスパーティーに出席していたさる方のお宅に家族で招かれていました。
家を建てる際ご夫妻でアイデアを出しあったそうで、機能的かつ随所に遊び心溢れる仕掛けを施していて、住んでいるご一家が少しうらやましかったです。


夕食を共にした後は祖母が夫妻に渡すために持ってきたパーティーのDVDをそろって見ました。
ちょうど夫妻の踊っている場面になって、旦那さんが「ここで、ちょっと間違ってしまったんですよ」と照れながらうちの両親に説明するよりいち早く、私はその旦那さんがステップを一歩多く踏んでしまったミスに気づくことが出来ました。
そのことを伝えるとずいぶんと驚かれたものです。

正直、自分自身でもどうして気づくことが出来たのか不思議でした。
私がダンスを習ったのは昨日が初めてで、しかも夫妻の踊っていたワルツのステップなんて教えてもらっていません。
しかも、私と同じく素人の両親は言われるまで気づくことが出来ませんでしたしね。

親と自分と何が違うんだろうと考えていて、思い当たることが一つ。
ダンスパーティーに出席していた年月は私も親と同じ。
でも、ダンスの練習を見ていた時間はずっとずっと私の方が長いということ。

私は両親が共働きでしたので、赤ん坊の時分から祖母に面倒を見てもらっていました。
祖母が社交ダンスを始めたのがちょうど私が3歳のとき。
兄はそのとき一人で留守番を出来る年齢になっていましたが、私はまだまだ目に届くところにおいておかないと安心できないということで、祖母が出かけるときは常に一緒に行動していました。
それこそ祖母がダンス教室で先生にレッスンを受けているときも、昨日のような地域のダンスクラブで踊っているときも。
小学校に上がるまではそうやって祖母の踊りを見ていましたし、その後もわりと手のかかる子供だった私を祖母は何かにつけ連れて行っていました。

当時はダンスに興味なんかなく、ボールで遊んでいたり他の生徒さんに相手してもらっていましたが、意識の底には祖母の踊っていた姿が残っていたのでしょうね。
昨日思ったよりもスムーズにステップを踏むことが出来たのも、今日ステップのミスに気づくことが出来たのも、記憶の奥底にあった祖母の踊る姿が無意識の内に自分自身の糧になっていたのかなぁと嬉しくて少し涙が零れ落ちそうになりました。


柄にもなく真面目に社交ダンスの思い出を語ってしまいましたが、始めて良かったと思っています。
いつか祖母と踊れる日が来るのが楽しみです。

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2007年12月21日 (金)

他人事ではないのです

三菱化学工場火災・茨城

実は兄が三菱のコンビナートへ出張に行っていました。
幸いにも火災のあった場所ではなくて、もう一つの方へ行っていて事なきことを得ましたが、もしこちらへ出向いていたらと思うと……。

亡くなった方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。




Dies irae -Also sprach Zarathustra-回収。
さて、延期に延期を重ねた本作はどれほどのものか?
楽しみでもあり、怖くもあり。




ランスwww
ネタ性もさることながら、曲の使い方も普通にうまいと思いました。

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2006年11月19日 (日)

エロゲー万歳

昨日はリハビリがてらに相姦遊戯をひたすらプレイ。
いやー、ひっさびさのエロゲーは良いっすね。
この更新が終わった後、ピアニッシモを再開。
相姦遊戯は明日くらいに終わらせます。

ピアニッシモが終わった後はめがちゅ!ですかね?
そこらへんはいつも通り、まぁ適当で。




相姦遊戯の簡単な感想をちょろりと。

背徳感バリバリで思わず鳥肌が立ってくるようなテキストを期待していたんですが、どうも違ってました。
そこまで求めるのも酷かなー?
フルプライスの値段ではないので、妥当といえば妥当です。

ノリは家族を快感で堕とすような感じでした。
堕ちていく過程はけっこうよくできていたと思います。

双六の使い方はなかなかうまくできていたかな?
「自分たちの思いに反する行為を強要されてしまう」
「イケナイと分かっていても、快楽におぼれてしまう」
そっちの背徳感は出ていました。

CGもエロいですが、テキストもいいと思います。
やっぱね抜きゲーはテキストもよくないと。

とりあえず干からびます。


こんな感じです。
CGが好みなら、やってみる価値はあると思います。
ただ、近親相姦にはあまり期待しない方が良いですね。




こっから先はエロゲーとは関係なくへビィな話題です。
重い話は見たくないという人は、回避してください。

続きを読む "エロゲー万歳"

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2006年9月24日 (日)

やっと気付いた

泳いでいてタイムが伸びないのは、当たり前でした。
現役だった当時と心構えが違うんだ。

小学生の頃はコンマ1秒を縮めるために、それこそ死に物狂いで泳いでいました。
選手育成コースに移った後は全くついていけないメニューの中、50m泳ぐごとに吐きそうになりながら、それでもなんとかついていこうと必死でした。
結局、それが乗り越えられない壁となり、中学以降は競技選手としてやっていけないと諦めました。
しかし、水泳に対する情熱はあったはずなのです。

かたや現在は、今の体力を維持するために泳いでいるだけ。
フォームは当時と比べてきれいになったと思いますが、それだけなりふり構わない泳ぎをしなくなったということ。
明らかに水泳に対する考え方が違います。
それでタイムを伸ばそうとは、思い上がりもはなはだしい考えでした。




群青の空を越えてのレビューを書き直そうと思ったのですが、エロゲー批評空間が落ちているようです。
明日も続くようなら、へなへなのエロゲ考に書きます。

There is not a nursery tale.




R.U.R.U.R ル・ル・ル・ル このこのために、せめてきれいな星空をが気になります。
うまく作り上げることができれば、名作になると思います。

対してDies iraeは少し怪しい。




Linkryomarkさんを追加しました。
よろしくお願いします。




web拍手レス
>「こなかな」初回版なんて…普通にうらやましいです(ノ∀`)byハム次郎

最近エロゲ関連ばかりに運を使っているような気がして、後が恐いです(笑)
田舎は時々レアな作品がポンッと入ってくるのが強みです。
普段はいいものが全然ないですが……。
あと、全体的に値段が高いのも……。




メールフォームレス
ryomarkさん
3月から毎日訪れていただいて下さっているとのこと。
本当にありがとうございます。
こちらこそよろしくお願いします。
はるさめはおっしゃる通り、上沼恵美子です(笑)

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2006年9月11日 (月)

いい加減にしろ

<欽ちゃん球団>リストラ発表 40選手中、16選手が退団

多くは語らん。
ただ一つ。

恥を知れ。

以上。

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2006年7月23日 (日)

とんだたぬきがいたもんだ

たぬきときつねが、「一番恐いのは人間だ」と結論に達する小咄が確かありました。

欽ちゃん解散撤回「オレやるよ」

「やる」と言っても自分の責任がどうとか一言も言わんのね。
大したたぬきっぷりです。
ここまであからさまにやられると、いっそ清清しい。
吐き気がするほどに。


欽ちゃん球団 解散回避…問題にしっかりけじめを

「けじめ」って言うけど「あくまでも球団として」という括弧書き付き。

世の中ってやさしいですね。
涙が出てくる。




たぬきといえば、福田さんが総裁選不出馬だそうで。

政治家でこの人が一番好きです。
時々吐く毒や棘のある言葉、すっとぼける時の態度。
最高です。

そんな人なので、総裁選不出馬にはむしろ賛成です。
福田さんは先頭に立たずに、あくまでもバックアップとして裏で色々やってもらったほうが持ち味をいかせると思いますから。
下手に総裁になると、あの独特の毒っぷりが薄れることになりますし。
本人としては残念だろうけど。

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2006年7月10日 (月)

江戸時代では放火は有無を言わさず死刑です

少し時間が経った話題ですが。

<奈良高1放火殺人>嘆願書が1500通以上

幼い弟二人も殺した人間に、1500通の嘆願書ですか。
放火という人様に多大な迷惑をかけるようなことを16歳という分別ある年齢ででやらかした人間に、1500通の嘆願書ですか。

私が思っているよりも、この世の中はぬるくて甘ったるいようです。

……理解できん。




よしもとばななのTSUGUMI買ってきました。

夏といえば読書です。
小中高と、夏休み前になれば学校で渡されるあの冊子をいつも楽しみに眺めていた私には、この時期は本の虫が騒ぎます。

今度バイト代が入ったら、村山由佳おいしいコーヒーシリーズも買ってこようか。

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2006年7月 7日 (金)

死の哲学

あー、何を書こうとしたんだっけ?
思い出せません。
二つほど書こうとしたことがあったはずなんですが……。




まーこの際せっかくなんで、前から考えていた「死の哲学」について。
いつか書こうかと思っていたのでちょうどいい。
もちろんエロゲ関係も含めて、ね。

こなたよりかなたまでnarcissuマブラヴ オルタネイティヴのネタバレがありますので、ご注意。




「死の哲学」は死生観と言い換えてもいいです。


「如何にして生きるべきか」
そして
「如何にして死ぬべきか」


エロゲーマーである以上、死の哲学を語る上でこの二つの作品を避けて通るわけにはいきません。

こなたよりかなたまで
narcissu

どちらも主人公がいずれ死ぬ、それが前提となっている作品です。
この二つに対して持った私の感想がこれこれ


なぜ私がこんな感想を抱くに至ったかを書いておきます。




こなたよりかなたまでのきっかけは、大学の心理学の授業でした。
発達心理学の説明だったのですが、その中で人間の一生は

「胎生期・乳児期・幼児期・児童期・青年期・成人期・老年期」

に分けられると教わりました。
で、老年期にさしかかると「死の受容」という課題に取り組まなければいけなくなってくるそうです。


配偶者の死、そして老いによって迫る自分の死。


こうして死を身近に実感して、死を受け入れていく過程を踏むのです。
では、その「死の受容」を受け入れる時間が無い者はどうなるのか?

私はまだ二十歳そこらです。
明確な死の哲学は持っていません。
「死」を意識したことすらない。
そんな人間が「死」を目の前にしたときにどうなるのか?
そんな折にふと思い出したのが、こなたよりかなたまで

主人公は若くして死に臨む。
そんな彼の行動をどう受け止めればいいのか考えて書き上げたのが、こなかなの感想です。




次にnarcissu
これはマブラヴ オルタネイティヴを終わらせた直後にプレイしました。
オルタの感想がこれなんですが、「以下、ちょっとした私の感想」はnarcissuを意識して書いてます。


「人の命よりも重いものは無い」
こんな言葉がありますが、「そんなもん、クソ食らえ」というのが正直な感想です。

人間には「死んでも譲れないもの」があると思うし、あるべきだと思います。

narcissuのヒロイン(私の中では彼女が主人公)は自分の思い通りに生きることが許されていない身。
だからこそ、「自殺」は自分の生き方を貫く最後の手段、また自分にできる残された「自由」だったと思います。


自分の生き方・信念を貫くためなら死すら厭わない。
それができない腑抜けた生き方は私はしたくない。


そんなことを考えながら書いていました。




身近な死に触れる機会がなく、はっきりとした死の哲学を持っていない自分がこんなことを考えるのは、おこがましい事かもしれない。
しかし、おそらくこんなことが自由に考えられるのは、学生の身分であるうち。
生きるのも死ぬのも、たった一回きり。

とりあえず、やりたいことは今のうちにやっておきます。
それが今出来る精一杯だと思います。




へなへなのエロゲ考更新しました。
……内容はかなりアレのような気がします。
今日のこの日記も明日載せる予定です。




あ、今日書く本来のネタ思い出した。

そういや今日は七夕だ。
星に願いを。

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2006年7月 2日 (日)

バッカじゃねーの?

朝、新聞を読んでいたんですが、園児に教育勅語を暗唱させている幼稚園があるそうです。
園長が提唱して最初は論語を暗唱させていたんですが、「愛国心・道徳心・公共心を育てるには教育勅語を教えるのが一番だ」と開眼したそうな。

教育勅語って……。
そもそも、その前の論語の時点で終わってる。










幼稚園児に


あんな内容


理解できるわきゃねーだろ








バカだバカ。
(嘲笑)ってつけてもいいくらい。

幼稚園児に教えるなら
「いじめはいけません」
「こまっているひとはたすけましょう」
「けんかはほどほどに」
「おうちのおてつだいはすすんでしましょう」
くらいが妥当だろ。

別に教育勅語や論語の内容をどうこう言うつもりは無いよ。
そこまでの教育理念を持っているわけでも無いし。
育てるべき子供もいないし。

でもなぁ常識的に考えて、あんな小難しい文体使ってる文章を幼稚園児に暗唱させて効果あると思ってんの?
神仏の前でお祈りさせるとか正座させるとかの方がよっぽどいいよ。

自己満足お疲れさま。







というわけで彼女たちの流儀始めました。
うーん、まだ初めの方なんですが、期待してたのとちょっと違うんかなぁ。
カルタグラ~ツキ狂イノ病~に近い雰囲気を期待していたんですが、方向性が違うかな?
ENDを見ないとはっきりとは言えんのですがね。



Innocent Greyが新作PP-ピアニッシモ- 操リ人形ノ輪舞の発表をしてますね。
カルタグラ~ツキ狂イノ病~は主人公と妹の役回りが意味不明なのと真ヒロインの掘り下げが甘かったのが欠点でした。
そこらへんを今度はちゃんと修正してくれているのか?

まぁ、買いなのは間違いない。
雰囲気作りは神がかってましたから。
個人的にアレを越えるのは、未だ無い。

シナリオさえよければ神ゲーに認定してもよかったので、PP-ピアニッシモ- 操リ人形ノ輪舞ではライターさんには頑張って欲しい。

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2006年6月18日 (日)

ふっかーつ…してなかった

昨日、16時を過ぎたあたりから、またお腹が痛み出しました。
夜、風呂に入ってだいぶマシになったんですが、シクシク痛み寝付けず、2時ごろまでは寝られませんでした。
気温が上がらず、体が冷えたのが原因かと思います。
熱もありましたしね。

今日は朝から調子がいいのですが、夜になると分かりません。
明日も大学休みか~?
ハァ…。




近くの市で、保育所を民営化しようとしています。
経費削減のためだそうです。
私には関係ないんですが、子供を相手にする職業の母が嘆いています。

思うのですが、最近の行政はどこも大前提を見失っているような気がします。


行政の存在意義は「公共の福祉」を守ることではないですか?


「お金が無い、無い」言うのは、そりゃけっこう。
金がないと何も出来ませんから。
ただ、企業と違って利益を産み出すのが行政の仕事じゃないでしょう?
住民に、より良い生活を送ってもらえるようにサービスを行うことが仕事でしょう。

それなのに、経費削減のために保育所を民営化してどうすんの?
国も保険料とか引き上げてどうすんの?
民間の会社から人間を登用してきたせいで、公共団体と企業を同一視している人が増えて困ります。

あんまり勘違いすんじゃないよ。







ここしばらくエロゲー批評空間の書き込みが面白くなくなってきたかなぁと思います。

もともと名作と呼べるエロゲーが出てきてないのも原因でしょう。
「誰それに萌えた」なんて言われても、「ハァ、左様でございますか」としか言いようがありませんし。

レビュアー自体の質も低下しているような気がします。
作品の解釈を滔々と述べる人の割合が少なくなっているようです。
要約すれば「おもしろい」だけのレビューを読んでもねぇ。




エロゲー、飽きてきたなぁ。

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2006年5月15日 (月)

引退

笑点圓楽師匠が昨日の放送をもって卒業されました。
私が生まれる前、笑点放送開始から出演されているようで、司会を務めるになったのも20年以上も前。
番組を最も支えてきた方の一人でしょう。

長い間お疲れ様でした。




引退といえば、もう一つ。
いちいち名前を挙げませんが、エロゲー批評空間でレビュアーをしていた方たちのサイト・ブログが閉鎖するのでは?という事態になっています。

どうやら訪問者を意識しなければいけないことが、ひどく疲れるご様子。
有名になればなるほど、訪れる人が多くなります。
いろいろと気を使わなければいけないことがあるのでしょう。
大きいサイトになればばるほど、人に影響しますし影響されます。
言いたい事を言えない、書きたい事を書けない。

基本的に日記は自分の日々の記録なわけですから、そこに対してあれこれ言われるのは、疲れると思います。
ただレビューを公開しているのならば、それに対して意見・異論・反論があるのは当然なわけでして。

ここのような小さいサイトで、レビューは別のサイトにあげて、自分のサイトでは少ない人数相手に細々とやりたいこと・書きたいことを並べるのが、一番楽なのではないかと、考えたりしました。
その分、レビューは当たり障りのないものになってしまうかもしれませんが。
難しいものです。

閉鎖まではいかないけれども、私生活が忙しく更新する暇のないサイトもあります。
好きなサイトが更新停止や閉鎖するのは寂しいもんですね。



うちのサイトはこれからどうなっていくのかな?
現段階では、一日30~40hitほど。
これが続くようならば、今のままでいいですし、伸びるようならサイトのあり方を考えなければいけなくなるのでしょうか。
今考えても「とらぬ狸の皮算用」ですから、変化があったときに考えてみましょう。

いろいろと考えさせられる話題でした。





本当は、今日の更新は経済学についていろいろと思うところを吐き出してみようと予定していたのですが、引退の話題が重なったのでこっちを書いてみました。
経済学の話は、また今度の機会にします。
まだ、漠然としていて、まとまりきってないですから。





ウィズ アニバーサリィーを始めました。
個人的に神ゲーとして認定しようかと思っています。
明日はそのネタでしょうか。




エロゲー批評空間の点数がこんな感じになりました。
プレイした作品数が多くなってきたため、人にオススメできるゲームを80点以上だけで点数付けするのが苦しくなってきたために、整理しました。
90点以上の作品は変わっていませんが、80点台以下が大幅に変化しました。

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2006年5月13日 (土)

どうしたものか?

昔から思っていたんですが、どうも私は厄介ごとに巻き込まれやすい性質のようです。
小学校から現在通っている大学まで話の種には事欠きません。
とりあえず、どんなことがあったか簡単に書いてみます。

小学校…担任の先生が他の学校へ飛ばされる。
中学校…これまた担任の先生が学校を辞めさせられる。
高校  …①所属していた部活の先輩が問題行為を起こす。
        強制退部処分を下す。
       ②痴情のもつれに巻き込まれる。
       ③これまた痴情のもつれに巻き込まれそうになる。
大学  …所属していたサークルがゴタゴタとしていて、まとまらない。
       常識を持った人間が少なく、アホばっかり。
      もう少し他人のことも考えようよ。


小学校の件は、熱血な先生方にはやりにくい時代になったなぁ、と思うようなことでした。

中学校は週刊誌のゴシップネタくらいには、成り得るくらいのものでした。
馬鹿な私立の学校ってろくなことがありません。
理事長と校長は腹黒くないとやっていけないのかね?

高校の①と②は警察沙汰にならなかったのが不思議でたまりません。
学校って閉鎖された空間だとつくづく思いました。
③は友人が意図的に私を巻き込もうとしたような気が…。

大学に関しては、「大人になってよ」としか言いようがない。
もう辞めたんで関係ないんですが、残った友人がいつもとばっちりを食らっているので、どうしたものかと。




私が原因となったことは一つも無いですし、煽ったこともないです。
でも、気がつけば巻き込まれている。
年を重ねるにつれ、程度がひどくなってきている様な気がします。
まぁ、親しい人“は”
怪我をしていないことには感謝しましょう。
が、今でこそ死人が出ていませんが、そのうち出てもおかしくないんではないか?と考えています。
実際、やばかったこともありますし。




いい加減にどうにかして欲しいものですが、どうにもできないのが「偶然」の恐いところ。
「世の中に偶然なんてない」というのが私の持論です。
結果があれば、必ず原因がある。
それが人知の及ばないところにあるから、呪われているだの、祟られているだの、星の巡り会わせだの、天の配剤だの、と言われているだけです。
ただ、ここまで続くと「何かあるのか?」と勘繰ってしまいます。
運命論者になろうかしら?




とりあえず、私が巻き込まれるのはもういいから、親しい人に怪我人・死人が出ないことを祈るばかりです。






ななついろ☆ドロップスが今日中に終わりそうです。
明日の日記はそこらへんを中心に書こうと考えています。
明後日は何も面白いことがなければ、また真面目なことを書きます。

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2006年4月21日 (金)

NationalismとPatriotism

すいません、今日も真面目な話をします。





国家の品格を読みました。
例によって大学の講義中に読んでいました。
はっきり言って、大学の講義を受けるよりこの本を読む方が人間的に成長する、と思ったり思わなかったり。
「日本人とはこうあるべき」ということがはっきりと示されていまして、久々に感銘を受けた本でした。

著者の藤原正彦氏は、本来は数学者らしいです。
なかなか面白い御仁です。





で、今日のタイトルに上げた単語が出てきました。

Nationalism:愛国心
Patriotism:祖国愛

本文中には、このような意味で使われていました。
言い換えると

愛国心はいわゆる「国家中心主義」
祖国愛は「自国の文化、伝統、情緒、自然などをこよなく愛すること」

だそうです。
愛国心は「自らの所属している集団を第一として考える」という意味ではEthnocentrism(自民族中心主義)と重なります。

氏は本の中でこう言っていました。

「世界で通用する人間になるには、まず自分の国を深く知り愛さなければならない。それが『祖国愛』である。それができないようでは、到底他国の人間からは認められない。」

端折ってまとめましたが、おおむねこんな意味です。
(詳しく知りたい方は、ぜひこの本を読んでみてください。いろいろと考えさせられることがあると思います。)



同じ言葉を大学の英語教師から言われたことがあります。
この方は、大学の講師の中で数少ない私が尊敬できると思った人です。
彼は藤原正彦氏と同じくアメリカで生活していたことがあるそうです。
その中で学んできたことが

「英語を話せるようになりたければ、日本を知り日本語を完璧にしろ」

結局はいくら英語を流暢に話せたとしても、内容のある会話でなければ相手にされないということでした。



立場の違う二人ですが、いいたいことは同じ。

Globalismと言われている昨今、そもそも自らの国を知らない人間に世界を語る資格無し」

人として生きる以上、自分がどのような集団に属しているかで考え方が変わるのは当たり前です。
それを「帰属意識」、藤原氏の言葉を借りると「祖国愛」、マブラヴオルタネイティブに出てきた言葉なら「立脚点」などと言い表します。
もしくは「常識」でもいいかもしれません。
これらが備わっていない人間の言うことなど、所詮は見てくれだけのいい張子の虎なのです。





憲法改正にあたり与党は「愛国心」や「祖国を愛する」などといった文言を盛り込もうとしているようです。
私はこれに関して特に反対ではありません。
ただ、一言いわせて貰うと、こんな言葉を憲法中に入れなければいけないほど、今の日本人は自分たちが生きている風土・国・文化は如何にすばらしいものかが分かっていないということを哀しく思います。


そして、この文言を盛り込むという与党に対してとある野党の党首がこのようなコメントをしました。

「『愛国心』」という言葉は戦時中の日本の行為や教育を正当化するような言葉であり、我々はこのような憲法改悪に反対する。」

うろ覚えですが、このような感じだったと思います。
このコメントを聞いたとき言い知れぬ怒りがわいたのですが、今ならはっきりと言葉にすることができます。

「愛国心」という言葉は確かに大戦中の日本を思い起こさせるような言葉でしょう。
それを使うなというのはまだ理解できます。

しかし、お前ら政治家の役目は今の日本をそんな国にしないことではないのか?
言葉一つ取り上げてがたがた言うだけではないだろう?
コメントするならこう言うべきだ。

「『愛国心』という言葉の是非はさておき、我々政治家の役目は過去のあやまちを二度と繰り返さないことでもある。この文言が盛り込まれるのであれば、野党の責務はよりいっそう重いものになるだろう。」

こういう自らや日本の立場を再認識して、気概に満ち溢れたコメントを残すべきだった。
与党も与党なら野党も野党といったところです。
こんなのが大真面目で国を動かそうとしているのだから、今の日本の状況など推して知るべし。





日本を愛して「世界に誇れる日本人らしく生きる」ことができるのは、一体いつのことになるのやら。

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2006年4月17日 (月)

馬から落馬

掲示板の方で質問があったので、日本語の乱れについて語ってみようかと。
語るってほどの大層なものでもないですが。
まぁ、私は文系「っぽい」人間なのでいろいろと考えるところはありまして。
しばしお付き合いください。





最初にことわっておきます。
一昨日の日記でこんなこと言っていますが、私は乱れた日本語が
大 嫌 い です
しかし、日記で「日本語の効率化」と書いているのも、本心です。
「矛盾している」とのツッコミがありそうです。
でも、私の中ではどちらも正しいことです。



結論から言いますと、結局はTPOの問題です。
たとえば、友人相手と目上相手に言葉使いが違うのは普通です。

友人相手にかたっくるしい日本語なんて使ってられません。
砕けた物言いというのは、相手に対して「親しみの感情を持っている」との一種の愛情表現です。
仲間内で通じる表現やニュアンスがその際たるものです。
少々乱れていようが、伝わればいいのです。

目上相手にバカみたいな日本語なんて使えません。
正しい言葉というのは、相手に対して「尊敬の念を持っている」との意思表現方法の一つです。
敬語がその代表です。
相手にそれを正しく伝えるには、多少堅苦しくとも正しい言葉遣いをしなければならないのです。

とりあえず、私が思っているのはこんな感じです。

ただ、例外もあります。
自分と目上の人間が長い付き合いで、いわゆる「ツーカー」の関係だった場合は、敬語は使わないこともあるでしょう。





他にも、正しい日本語を使えるということは「自分はそれ相応の教養がある」と相手に示すことでもあります。
初対面の人を相手にするなら、なおさら重要になってきます。
相手が自分の内面を知らない以上、判断材料はどうしても外見や言葉使いになってしまいます。
「外面だけでなく、内面を見ろよ」と言っても、こればかりは仕方ありません。
正しい日本語を使えるにこしたことはありません。



要するに、いざとなった時のために使える方がいい・使えなければいけないのが「正しい日本語」である、ということです。
中には「馬から落馬」といった、どう見てもおかしい日本語は存在します。
個人的にはこういったものは許せません。
「ラ」抜き言葉も使わないようにしています。
さすがに他人に強要しませんが。





で、「日本語の効率化」について。

たとえばコンビニやファミレスといったあくまでも「早い・安い・そこそこうまい」などを売りにしているところでは、効率化のために少々おかしい日本語になってしまっても仕方ないと思います。
これらの店は、安い値段相応のサービスしか提供しません・できません。
もちろん客も丁寧極まりない対応を期待していません。
ある程度、両者合意の上で成り立っている「日本語の乱れ」です。
それが「日本語の効率化」だと思います。

では、一回ウン万円がとんでいく買い物や食事を店でする場合はどうか?
上で挙げた店が安い値段相応のサービスというのなら、こちらは高い値段相応のサービスと言えます。
こんな店は、品物や食材の質だけで高い値段がついているわけではありません。
「行き届いたサービス」も商品のうちです。
よって、客からすれば正しい日本語を使ってもらわなければいけませんし、店からすると正しく使わなければいけないのです。


これも結局はTPOですね。




最後にorganさんからあった質問について。

>「こんにちは」と「こんにちわ」にこだわる人

あー、相手によりけりですね。
私の周りには幸いにしてこだわる人はいませんので、もしいたとしたらの話です。
親しい人やどうでもいい人相手ならそんなに気にしないです。
気を使わなければいけない相手なら、正しく「こんにちは」を使います。



>「的を射る」と「的を得る」

「的を得る」はネットの辞書には載っていないですね。
私は使わないなぁ。
理由は「親切は人のためならず」と一緒に述べます。



>「役不足」

分かってはいるけど、ついつい間違った方で使ってしまう言葉ですw
けっこうな人数の人が勘違いしているんじゃないでしょうか?
いつか辞書に間違った方の意味でも載ってしまいそうです。



>「親切は人のためならず」

ことわざ、慣用句、故事成語などにはちゃんとした語源があります。
それらを無視して間違った使い方をするのは、私は嫌です。
特に故事成語は歴史的事実を基にしていますからね。
「的を射る」(これは慣用句でしょうか?判別がつかないですが)もおそらく語源があるはずです。
そんなわけで、どうしても言葉の背景が気になって、間違った使い方をする気にならないんですよね。





私の日本語に対しての考えはこんな感じですがorganさん、参考になりましたか?

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2006年4月 8日 (土)

今日だけは

サイトを移転してから、ずいぶんと(私の中では)お上品な日記しかつけていないなぁと読み返してみて思いました。
これっぽっちも「廃人」じゃありません。
サイトを開設した頃のピュアな心を忘れています。

え、どこがピュアなんだって?


まじりっけなく

汚れているじゃないですか?



そんなわけで、そろそろリミッター解除して元のテンションに戻そうと思ったわけです。
と、昼過ぎまでは考えていました。
ちょうどいい具合にネタもありましたし。

ですが、その前にちょっとばかし書いておきたいことができまして。
しばしお付き合いをお願いします。






今日、スイミングクラブに入会するために申し込みに行きました。
ここは昔、私が通っていたスイミングスクールに併設されています。
先生方はスクールとクラブのインストラクターを兼任していました。
3歳から12歳まで通っていましたから、その時にいた先生の顔は全て覚えていましたよ。

しかし私が在籍していたのは、もう十年近くも前のこと。
知っている人なんてほぼ残っていません。

そんな中、一人だけ当時の私を教えていた先生が残っていました。
相も変わらず、私を子ども扱いですよ。
まぁ、教えてもらってたのは小学生の頃でしたから仕方ないです。
でも、そんな扱いが
心地いいんですよね。

子ども扱いをしてくれるっていうのは、
「あんたの子供のときのことをちゃんと覚えているよ」
ということです。
年月が過ぎても、その人は私が子供だったときのことを思い出せるのです。

これは幸せなことです。

人間は「今」だけで生きているわけではありません。
「過去」があって、目指していく「未来」があってこそ、人なんです。
その大切な過去を覚えていてくれる人がいるのです。

何度でも言えます、幸せなことです。



柄にもなく感傷的なことを書いてしまいました。
ご容赦を。









んじゃま、いつものノリに戻しましょう。

この青空に約束を―が終わりました。
この作品は「こなたよりかなたまで」と「パルフェ ~chocolat second brew Re-order~」と並び、(たぶん)永久保存することを決定いたしました。
はい、おめでとうございます。

いや~、よかったです。
すばらしかったです。
ここしばらく、「びっみょ~」な作品しかやっていなかったので、久しぶりに「エロゲー」やったなぁと感無量です。

今年のエロゲーは「この青空に約束を―」と「ランスⅦ」が私の中でTopを飾ること間違い無しですね。
というか、製作発表された時から思っていました。
ネタではなく本気ですよ?
ちなみにもしも明日が晴れならばもTopは狙えなくてもイイ線行くかなと期待していたのですが、ふたを開けてみればギリギリ良作判定。
期待が外れたって事で、地雷判定しても良かったのですが。

というわけで、エロゲー批評空間に感想を書いておきます。
今回は力を入れて書こうと考えています。
日付が変わるまでに頑張って書き上げます。

明日からは、いっそう狂った文章にするつもりなので、どうぞよろしく。
では。

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2006年4月 3日 (月)

それでは予告したことを

土曜日に買った本の説明を。

買った本は、中公新書の「ゾウの時間 ネズミの時間」(著:本川達雄)。



「ゾウの時間ネズミの時間」という言葉を知っていますか?
私がこの言葉を知ったのは小学生の時です。
福音館書店絵とき ゾウの時間とネズミの時間という本で知りました。
リンクを見てもらえば分かりますが、この本も本川達雄氏が書いています。
私もさっき気付きましたが。
十年経って再びめぐり合うとは、なんとも数奇なことです。
ちなみに十年前は今の半額の値段で買えました、この絵本。
おいおい。

本の内容を簡単に説明しますと、
「ゾウは100年近い寿命を持つが、ネズミは数年しか生きない。しかし、どちらも心臓を20億回打つ、つまり約5億回呼吸をすると寿命が来る。これは哺乳類であれば、ほぼ全ての生物に当てはまる。」
ということです。
人間だけは医療技術の発達で、この法則があてはまらないそうです。

新書の方は、ここから生物のサイズやエネルギー消費量などに論点が移るのですが、私が考えたのは「時間の概念」についてです。



人が作った時間の概念では、寿命は種によって違うのに、生物学で考えるとどの哺乳類も同じ“寿命”だそうです。
不思議です。

時間の概念を自分たちで作っていない(であろう)動物たちは、もしかするとこの心臓の鼓動で時間を計っているのかもしれません。
医療技術で延命できる人間たちは、この心臓時計が狂ってしまったので“秒”という単位を定めて、自分たちで時間を作り出したのでは?と妄想してみました。



皆さんも良ければ読んでみてください。
けっこう読むのが面倒ですが。





さて、今から蔵書の処分をしてきます。
蔵書といえばかっこいいですが、処分対象は全てライトノベルです。
中学生から集めてきたので、そろそろ処分しないとえらい量になっています。
さてさて、いったい何冊あるのやら。
今日中には終わるので、明日の更新で数を発表しようかと。

では。

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2006年3月28日 (火)

自己分析

今日は友人宅からお送りしています。
ちなみに彼もエロゲヲタです。
毛ほども他人に悟らせませんが。

何か面白いネタはないかなーと探していましたが、 何 に も ないよ。




てゆうかですね、よくよく考えれば



コイツのエロゲ


ほとんど私の家に


あるんじゃね?





「エロゲのパッケージが多くなってきたのでそろそろ親にばれそうだ」
なんて言われて
「お前んち、置かせてくれ」
と、頼まれました。

当時、私は大学近くの部屋に一人暮らしでしたので快く了承しました。
ただ、部屋を引き払って実家に戻っていますので、むしろ私が親にばれるんじゃね?と危惧しております。
どうしようか、あのパッケージども?

さて、そんなこんなでネタがありません。
そういうわけですので、今日は多分にオナニー満載の更新となります。
申し訳ないです。

さて、私はネタを散々書き込んでいますが、自分の性格やエロゲに対するスタンス・評価方法みたいなそれなりに真面目なことは一切書いていないということに気付きました。
もしかして私という人間を誤解している方がかなりいるのではないかしらん?
書き込んだことは全て本気で本当のことですが。

今日・明日はそういうことを書いていこうかなと考えています。

今日は自分の性格についてです。

私は自己分析をするのが大好きです。
自己確認と言い換えてもいいかも知れません。
とにかく自分の性格をひたすら深く掘り下げていって、考察するのがたまらなく好きなのです。
別にその分析結果を他人に教えて、評価してもらうわけではありません。
ひたすら自分の中で結論を出し、その上でさらに考察を加え、また結論を出す。
ある意味オナニーです。

出典がどこか覚えていませんが、昔ある男がいたそうです。
彼は日記をつけていました。
普通の日記は日常の出来事を書き綴るだけですが、彼の場合は違いました。
自分の日記に後日修正を加えたり、コメントを加えたりしていたそうです。
これは他人が読んでも理解できません。
しかし日記を「日常の記録」ではなく「自分の内面の記録」として捉えた場合、この使い方はむしろ普通なのでしょう。

私の自己分析はこの男の日記と意味合いがほぼ同じものです。
話がそれましたが、自己分析の意味をご理解いただけたかと思います。

さて、私の性格を自己分析した結果、私はけっこう冷めた性格ではないのかとの結論に至りました。
具体的な例を出します。

皆さん、マクドナルドの「スマイル0円」をどのような意味で捉えていますか?
普通は、客の立場で考えて「面白半分で頼み、店員でいやな顔をされる罰ゲームでよく使われる方法」ではないでしょうか?
私の場合は逆です。
店員の立場で考えて「スマイル一つ浮かべるだけで客がいい気分になるんだから、ずいぶんと安いもんだ」と考えています。

この考え方は私の根本みたいなものです。
「たとえ嫌いな相手でも笑みを浮かべて接していれば、いいように使える」
日常的に考えながら、実践しています。
けっこうひねくれていますね。

私がこんな性格になったのは、田舎で生まれ育ったせいではないだろうかと考えています。

田舎はかなり閉鎖的空間です。
同じ集落に住んでいると「誰々はどうだ、何処其処の家はこうだ」とかいった話が出るのは日常茶飯事です。
あれこれ言われるのがいやなら、ひたすら優等生でいるしかありません。
こんな環境で育ったため、内心どんなことを考えていても他人にはできるだけ本心を見せずにしています。
逆に信頼できる人間にはかなり色々言います。

と、まぁこんなことをひたすら考え続けるのが私の自己分析です。
前述しましたが、かなり自己満足のオナニーです。
でも楽しいのです。

もともと私は
「世の中で一番分からないのが、人の心」
という考えで、それは自分の心でも変わりません。
むしろ自分の心ほど扱いにくいものはないのではないか、とか考えたりします。

そんな思考が高じて、心理学を大学では専門的に学んでみたいと思っていたのですが、日本で深く研究できるのが筑波大学と早稲田大学くらいしかなかったんですね。
私の学力では到底ムリー。
今は別の学部を専攻しています。

今日の更新はこんな感じです。
はい、かなりオナニー入っています。
明日が本題の「どんなエロゲが好きか」と「エロゲの評価方法」とかです。
では、また。

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