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2008年4月29日 (火)

泣こうが笑おうが、チンコは勃つ

二次元少女の死で泣いたお前がさ、二次元少女なら穢されてもいいとか言うなよ

昔は鍵信者で泣きゲーバンザイ、今は抜きゲーもバンザイな私からすると違和感ある記事です。
この記事を読む限り、泣くことと抜くことを同列にして語って、一方を認めれば他方を認めてはならないという語り口ですが、「なぜ同列に扱わなければいけないのか、なぜ両方認めてはならないのか」が私には分かりません。


一番おかしく感じるのはこの部分。
>アニメやマンガで感動しているオタクたちがさ、二次元少女には心がないとか、フィクションだから穢されてもいいとかさ、そんな悲しいこと言うのはどうなんだよ。

いや、言わせてもらいますが、陵辱や調教ってのはキャラに心があり(という表現もおかしな感じですが)、そのキャラを愛しているからこそ犯したいと思うのですが。
何も反応しないマグロを言いなりにして犯してもカタルシスは感じません。
私は何度かToHeart2 XRATEDの久寿川ささらになぜ調教ルートがないのかと主張してきましたが、これも彼女のキャラが立っていて、かつ、彼女が好きだから。
独占欲も愛も湧かないテンプレのごとき中身のないキャラを調教・陵辱しても満足できません。
また、以前「調教ゲーを作りたいなら、萌えゲー作って調教ルートをくっつければいい」と主張したこともありますが、これも同様の理由。
キャラに心を感じられ、その心を奪いたいからこそ調教・陵辱を行うのだと思います。

決してどうでもいいから犯しているわけではありません。
どこかの誰かが言ってたことですが、「調教も一つの愛の形」です。
肉体的な快楽だけでなく精神的つながりも一緒に求めるからこそ、愛を感じたキャラを犯すのです。


ダッチワイフやオナホールを調教したい、陵辱したいと思いますか?

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